日本一小さな牧場は、牛乳大好き少年の夢から生まれた《牧歌 前編》

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30年前、牛乳が大大大好きだった少年がいました。

「こんなに牛乳が好きなんだからいつか牛を飼って牛乳を搾ろう!」そう思ったのは中学生の時。その彼は今、神奈川県厚木市で日本一小さな牧場を営み、ジャージー牛2頭、山羊数頭、羊数頭と暮らし、毎日ミルクを搾っています。

今回は、牛乳大好き少年だった「牧歌」の河内賢一さんが、牧場を開き、牛乳、ヨーグルト、そしてチーズをつくり始めるまでの物語。

はじまり、はじまり。

 

「牛乳が好きだから、北海道へ行こう!」

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「牧歌」の河内さんは、帯広畜産大学畜産学部 畜産管理学科出身。なぜこの学校を選んだのかは、至ってシンプル。「昔から牛乳が大好きだったから、牛がたくさんいる北海道の大学へ行こう!」。それ以上でもそれ以下でもありませんでした。

在学中、同級生の牧場へ行って、バルク(牧場で搾ったそのままのミルクを出荷まで貯めておくタンク)から注いでもらった搾りたてミルクの味に感動。搾乳のアルバイトをしながら、研究室では2年間「搾乳ロボット」の研究にいそしみます。

搾乳ロボットというのは、「人の手をかけずに酪農が継続できる」ことを目的に開発された画期的なシステムで、文字通り、母さん牛一頭一頭の乳搾りをロボットが担います。

搾乳ロボットを導入することで、それまで搾乳にかかっていた時間が減り、牧草の管理や牛の世話、牛舎の整備に時間が割けるなどメリットがたくさんあるのですが、もちろん導入には多額の費用もかかります。

河内さんは、研究とアルバイトをしながら多くの酪農の現場を見るうちに、自分はお金をかけずに続けられる“小さな酪農”でいこう!と思うに至ります。

 

チーズを食べて食べて食べまくる! “酪農ヘルパー”時代

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大学卒業後1年間の酪農実習を経て、河内さんは神奈川県に戻り、愛川町専属の「酪農ヘルパー」として働き始めます。

酪農ヘルパーというのは、365日乳搾りをする酪農家さんがお休みを取る日に、代わって搾乳や餌やりなどをする仕事。「今日はここ、明日はここ」という風に毎日様々な牧場へ出向いて仕事をします。

愛川町専属になるために必要だった条件は「住み込みで夫婦寮に入ること」。この条件をきっかけに、河内さんは高校時代からの同級生だった真美さんと結婚。自分の牧場を持つための資金を貯め、台所でチーズをつくり始めます。

真美さんはパンを焼き、ベーコンを作る。河内さんはチーズを試作する・・・そんな毎日。狭くて狭くて両親に「悲しくなった」と言われた寮の台所で、自分のチーズが世に出る日を待ちつつ、東京のチーズ専門店から取り寄せた100種以上のナチュラルチーズを、寝ても覚めても食べ続けていくうちに、だんだん「自分は硬めのチーズが、それも羊のチーズが好きだ」と気付きます。

「羊乳のチーズも作ってみたい、どこかに羊はいないかな・・・。」

探していると・・・いました、いました!それもご近所に。

 

東京農業大学の農場から、羊がやってきた

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酪農ヘルパー時代、河内さんは勤め先の牧場を借りて自分の牛を育て、そのミルクで日々試作を繰り返していました。ご近所、東京農大の農場で飼われている羊を譲り受けることもでき、ちょっとした場所を借りて飼育し、羊乳チーズもせっせと試作。

「いつか小さな牧場を持って、搾ったミルク全部を牛乳と、ヨーグルトと、チーズに加工して暮らそう。」そう思いながら。

借りられる牧場を探しているうちに、実家の近所の田んぼの真ん中、箱庭のような小さな盛り土の土地を借りられることになり、「ならばここで!」とトンテンカンカンと木柵を作ってもらい、まずは羊を放ち、その後、牛を放ちます。

追って、全農で働くお客さんから「山羊を飼いたいけど自分には土地が無いからしばらく預かってほしい」と頼まれ、山羊も放ちます。(山羊がやってきたのは2015年)

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こうして、2010年5月、神奈川県厚木市に牧場「牧歌(Bocca)」が誕生。自分で牧場をやろうと思ってから、はや15年以上が過ぎていました。

 

公文式教室が、乳製品の加工場に!?

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牧場に羊や牛が放たれる前に、河内さんは先んじて乳製品の工房を作っていました。

場所は実家の1階。

牛乳を殺菌して充填する、ヨーグルトを製造する、チーズを製造する、製品の微生物検査をする・・・すべて合わせて畳16畳ほどのスペース。牛乳を作る場所は、わずか3畳ほどの、まさに日本で一番小さなミルクプラント。訪れる人はみんな「ここで乳製品全部作っているの??」と驚かれるそうです。

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チーズを熟成する冷蔵庫は、工房の隣に設置しました。

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ちなみに、この工房はなんと、お母さんが営んでいた公文式の教室のスペースを改装したもの。その昔、河内少年を含む大勢の子供たちが公文の問題を解いていた、その場所です。

 

日本一小さな牧場、ミルクプラント、農家製チーズ工房は、こうして生まれました。

箱庭牧場には電気も水道もなく、搾乳には発電機を使い、山羊、羊の搾乳は手搾り。飲み水は毎日自宅から運びます。神奈川県の厚木市に、アルプスの少女ハイジの世界を地で行く人がいるなんて!ビックリ!!うれしい驚きです。

「だって毎日牛乳飲み放題ですからね!」アハハと明るく笑う河内さん。「ミニマル」な酪農で暮らすことを夢見た少年は、今、まさにその夢のど真ん中にいます。

後編は、そんな河内さんがつくり出す、生まれたまんまの乳製品と牧歌の酪農のお話です。

《牧歌 後編》「“生まれたまんま”の乳製品。その美味しさの秘密とは?《牧歌 後編》」 はこちら

 

牧歌 Bocca

神奈川県厚木市王子1-12-9
Tel. 046-295-9260
bocca2005@ai.ayu.ne.jp
※訪問や乳製品のご購入につきましては、事前にお問い合わせください。
 
牧歌の乳製品が買える場所
上記直売所、もしくはJA厚木農産物直売所「夢未市 本店」「夢未市 相川店」「厚木市農協グリーンセンター店」

 

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大和田百合香(おおわだ ゆりか)
2001年より1年数か月にわたり、フランスやイタリアのチーズ産地を訪ね歩き、帰国後「BonBon! FROMAGE!」の名前でチーズを楽しむ会を主催。チーズ王国本店に勤務しつつ、ライフワークである国産ナチュラルチーズの工房を訪ねて北へ南へ。二人の男児育児にも奮闘中。東京農業大学栄養学科卒。CPA認定チーズプロフェッショナル、JSA認定ワインアドバイザー、フランスチーズ鑑評騎士の会シュヴァリエ。

 

牧場から始まるチーズの世界

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美味しい日本のチーズには、日本の酪農とともに生きる素敵なストーリーが。日本各地の牧場、そしてチーズ工房を訪ね、その魅力に迫る連載です。

https://cheese-media.net/?tag=farm

 

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