田んぼの中の大草原を、牛がゆく《新利根協同農学塾農場 前編》

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「グワッシャグワッシャ、グワッシャグワッシャ・・・」ふかふかの牧草を舌でからめ取り、ちぎる音。母さん牛たちの合唱が、静かに響きわたります。

緑眩しい草原、広がる空、放たれた母さん牛の群れの、なんと気持ちよさそうなこと!

「あれ?ここは北海道ですか??」と思ってしまいそうな景色ですが、ここは茨城県稲敷市、上野裕(うえの ゆたか)さんの牧場「新利根協同農学塾農場」。3年前に繋がった圏央道を走って、牛が見えるな~と思ったらそう、そこが茨城県でたった一つの放牧酪農地です。

野ばらもクローバーも咲き、鳥も歌う、もっとも美しい季節を迎えたまきばを訪ねました。

 

稲の町 稲敷市で放牧酪農を

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終戦後、上野さんのおじいさん達が開拓者として入植し、始まったのが稲敷市の酪農業。当時おじいさんは、農業について教える先生の立場として、酪農集落のまとめ役も担っていたそうです。霞ヶ浦が近く、一帯は水田地帯。名前のままこの土地は、稲の町なのです。

上野さんが秋に蒔く牧草も、イネ科のイタリアンライグラス。その他にもマメ科の牧草や多種多様な牧草があるのですが、いろいろ蒔いてみた結果、ここではイタリアンライグラスが一番良く育つのだそうです。

大体毎年3月下旬に放牧を始め、秋まで母さん牛たちは青草や花々を存分にいただきます。酪農のイメージにぴったりの「放牧」ですが、都府県の酪農業態としてはとても珍しいこと。上野さんが放牧酪農を良しとして選んだ理由、それは?

 

年間通じて、母さん牛のご飯は国産です!

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「放牧酪農のいいところはいっぱいあるんだ」と上野さん。まさに“上野裕的放牧酪農のススメ!”といった6つのポイントを教えていただきました。

① 暑い夏でも、夜はひんやり

風の渡る牧草地。母さん牛たちは夜間涼しい環境で健やかに眠ることができます。牛の体温は人間より1〜2度高く、牛にとって日本の夏はとても暑いのです。

 

② 自分で食べて、気ままに管理も

青草を食べて草地を管理し、気ままに過ごしてくれます。餌やりに労力がかからず、飼料コストも抑えられます。

 

③ 糞尿の処理も楽チン

放牧地に糞尿は却っていくので、それが堆肥となってまた草が生えてくれます。

 

④ たくさん歩くから、健脚で元気に

足腰が強い母さん牛はお産にも強く、病気も少なく、医者いらずなのだそう。

 

⑤ 赤ちゃんをたくさん産んで長生き

元気なお母さん牛たち。上野さんの牧場では一頭の母さん牛が平均4頭以上の赤ちゃんを産むので、お乳を出してくれる期間がとても長いとのこと。

 

⑥ なんといっても、草原に牛が放たれた景色は美しい!

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春から秋は青草の“フレッシュサラダ”を食べ、冬には牧草地で収穫した草を食べる、上野さんちの牛たちは国産粗飼料(粗飼料とはいわゆる主食の草、人間でいうご飯のこと)100パーセント。

こんなユニークな、唯一無二の酪農スタイルを見たい、話を聞きたい、と全国から農業関係者が視察にくることもしばしば。放牧酪農を始めたのは2005年、三代目の上野さんではありますが、おじいさんの代からここは農学塾そのものでした。

 

放牧牛のミルクはさらりとして甘く、黄色い

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良いことがいっぱいの放牧酪農・・・ですが配合飼料(栄養価をしっかり計算された牛のご飯)を食べる牛に比べて、青草を食べる牛一頭当たりのミルクの量は多くありません。

酪農家の収入=乳量ですから、ミルクをたくさん出してくれる牛が良い牛ということになり、毎日乳量が多い方がありがたい、というのが正直なところです。

でも、上野さんのスタイルはちょっと違う。

飼料にお金をかけず賄った草を食べさせ、放牧し、健康で長生きできる牛を育て、体に負担の少ない量のお乳をいただく。14歳になるお母さん牛も元気に草を食み、なんと子牛を12頭も産んでくれたそうです。12頭産んでなお発情が見られると、上野さんは母さん牛の「生きたい」という想いを感じる、と。

「そうか、じゃあもう一回お産してみるかい?」と種付けをする。すると、赤ちゃんが出来る。「そうか、おまえはもっと生きたいんだな」と思うのだそうです。

そんな放牧母さん牛たちのミルクは、やわらかく、甘い。脂もさらりとしてしつこくなく、バターにすると青草カロチンたっぷりの真っ黄色。上野さん作、草香るバターをスコーンにつけてほおばる幸せったら!!ふふふ、と牛を見ながら思わず笑ってしまうのです。

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四代も五代もずっと続いていく酪農を

酪農学園大学時代、馬術部だった上野さんは、同じく帯広畜産大学の馬術部にいた奥さんと知り合いました。稲敷に帰ったら牧草地を馬に乗って巡回しようと密かに思っていたそうですが、「そこまでは広くなかった」と笑う上野さん。

ハンチングにつなぎの“上野スタイル”で、時々鉄砲を担いで敷地内で仕留めた鴨を料理することもあれば、ミツバチを飼っていたことも。

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牛も人も、山羊も野鳥も草も花も蝶も蛙も、何もかもが命を紡ぐ牧場にこの春、帯広畜産大学を卒業した息子さんが帰郷しました。

 

上野裕的放牧酪農が長く長く、ずっと続いていきますように。

後編は、そんな上野さんの酪農哲学に惹かれ、集まってきた人のお話です。

 

新利根協同農学塾農場
茨城県稲敷市市崎2381
Tel 0229-79-2024

上野裕さんのブログ
「フィールド・オブ・ドリームス 乳と蜜の流れる地」
http://blog.livedoor.jp/kurumiruku2009/

 

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大和田百合香(おおわだ ゆりか)
2001年より1年数か月にわたり、フランスやイタリアのチーズ産地を訪ね歩き、帰国後「BonBon! FROMAGE!」の名前でチーズを楽しむ会を主催。チーズ王国本店に勤務しつつ、ライフワークである国産ナチュラルチーズの工房を訪ねて北へ南へ。二人の男児育児にも奮闘中。東京農業大学栄養学科卒。CPA認定チーズプロフェッショナル、JSA認定ワインアドバイザー、フランスチーズ鑑評騎士の会シュヴァリエ。

 

牧場から始まるチーズの世界

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美味しい日本のチーズには、日本の酪農とともに生きる素敵なストーリーが。日本各地の牧場、そしてチーズ工房を訪ね、その魅力に迫る連載です。

http://cheese-media.net/?tag=farm

 

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