山羊乳製チーズの「茶臼岳」「朝日岳」、牛乳製チーズの「りんどう」「ゆきやなぎ」「みのり」「しののめ」・・・これらは、栃木県・那須高原にある「今牧場チーズ工房」の、個性あふれるナチュラルチーズたちの名前です。
カマンベールやモッツァレラといった一般的なチーズの名称ではなく、その土地の風景や木々、草花を表す名前を授け、熱く熱くナチュラルチーズで那須をアピールし続ける人がいます。
今牧場チーズ工房の高橋雄幸(たかはし ゆうこう)さん、ゆかりさんご夫妻。牧場の風景と共に、お二人のチーズ作りの物語をご紹介します。
今牧場の始まりは、一頭の牛から
北海道に次いで、生乳生産量が多いのは、実は栃木県。その中でも酪農が盛んなのが、那須高原です。
昭和22年、東京出身のゆかりさんのお祖父様が那須に入植され、なんと、乳牛1頭から今牧場は始まりました。
開拓の精神で少しずつ牛を増やし、2代目のお父様に引き継ぐ頃には、那須でも有数の酪農家に。ゆかりさんのお父様の今耕一さんは、ミルクの品質もさることながら、牛舎の衛生管理、新しい試みや、優れた牧場経営を継続されていることが認められ、平成10年に畜産大賞最優秀賞を受賞されています。
牧場に着くと“フリーストール”と呼ばれる、母さん牛たちが自由に歩き、寝て、食べることが出来るスタイルの牛舎がまず目に飛び込んできます。
なんて広くて明るいの!そしてまったく臭くない!母さん牛たちが一斉にこちらを向いて「ンモーーー(こんにちは~)!!」
人懐っこい穏やかな表情。那須高原の涼風が爽やかに、牛舎の中を渡っていきます。
この大きなフリーストール式の牛舎がいくつも建てられ、これからお母さんになる牛、生まれて間もない子牛は個々に、のんびりとした雰囲気で草を食べ過ごしています。今では牛300頭、そして山羊は50頭も![
生まれたてからお母さんまで全300頭もの牛と、同じく50頭の山羊を飼育し、その場を居心地良く清潔に保つのは、日々の創意工夫が不可欠です。
そのうち母さん牛180頭を朝と晩に搾乳し、山羊は牛とはまた別の場所で30頭搾乳しているのですから、その作業量は想像を超えるものがありますね。
毎日大量に出る糞尿は、2〜3か月発酵させた後に、乾燥させて木のチップと混ぜ、牛舎にベッドとして敷き入れるほか、20ヘクタールの牧草地に蒔くなどし、家畜たちの飲み水の地下水も定期的に検査。牧草も出来るだけ自家栽培しています。
1か月に一度、牛一頭一頭の乳質検査をし、ミルクの質を保ち、近隣の獣医師ともしっかり連携を取って、母牛の体調管理に心を配る毎日。
母さん牛たちの顔色をみて、調子が悪そうだな、と思ったら観察を怠らない。コツコツ地道な作業とマイナーチェンジ。それらを続けてきたことで、大きな牧場の「きれい」を保ってきたのですね。
そんな今牧場で生まれた那須高原の生乳。高橋さん夫妻は搾ってすぐ、その早朝から、品質の良い牛のミルクを選んで、搾乳室の隣の工房で今度はチーズを作っていきます。
山羊11頭を引き連れて、雄幸さんが那須にやってきた
もともと、高橋雄幸さんは新潟県黒川村(現・胎内市)の職員として黒川村の特産品を生み出そうと、山羊チーズを作っていました。
雄幸さんの実家が肉牛の生産農家だったこと、黒川村の村長から厚い信頼を得られたこと、畜産研修でドイツに1年留学した際に山羊農家で飼育とチーズ作りを学んだこと・・・点と点が繋がって線になるうちに、雄幸さんは山羊チーズ作りに没頭するようになっていきます。
そんな中、北海道の共働学舎新得農場に研修に行った際に、ゆかりさんと出会います。
お父様が手塩にかけて育てた牛たちのミルク。その美味しさと楽しさをチーズという形にして表したいとの思いから、ゆかりさんは共働学舎新得農場で2年、白糠酪恵舎で2年の研修を受けます。自分自身が作りたいと思うチーズがイタリア系のウオッシュチーズだな、と思い定め、後にイタリアへ渡って1年、チーズ作りを学んできました。
ミルクやチーズに熱い情熱を注ぐ、そんな二人が出会ってしまった。雄幸さんは意を決して、山羊11頭を引き連れ、新潟から那須高原にやってきました。
こうして「今牧場チーズ工房」はスタート。2012年のことでした。
今牧場のチーズで那須を表現したい
「今牧場のチーズをお皿に並べると、それだけで那須を表現できるんです。例えば、この茶臼岳という山羊のチーズ。茶臼岳は今も生きている火山ですが、登山者も多くて、秋は紅葉がとても美しい。他にも、朝日岳は・・・といったように、どんどんと那須の話ができるんです。」
雄幸さん、行く先々で那須とその酪農製品をPRすることに情熱を注いでいます。
基本的に山羊のチーズ製造は雄幸さん、牛のチーズ製造はゆかりさん、と得意分野と持ち場が決まっているお二人ですが、雄幸さんは今、日本チーズ生産者の会の副会長、那須ナチュラルチーズ研究会のリーダーなどなど、ともかく台風の目のごとく、求心力を伴って突っ走っている熱い人です。
新幹線に間に合うギリギリの時間までチーズを製造し、「もう間に合わない!出かける!!」という段になると、ゆかりさんが「あとやっておくから行ってらっしゃい~」と送り出してくれるのだそうです。
ゆかりさん、かっこよすぎます。雄幸さんが惚れたのも納得ですね!
今日も那須にチーズの風を起こし、夫婦二人三脚。3人のお子さんを育てつつ、チーズ作りに勤しむ高橋さんご夫婦。
太陽のような笑顔のゆかりさんと、パッションの塊のような雄幸さん。そんな二人が作り出すチーズのことをもう少し、後編ではご紹介していきます。
今牧場チーズ工房
〒325-0304
栃木県那須郡那須町大字高久甲5898
Tel 0287-74-2580
https://www.cheesekobo.com/
- 大和田百合香(おおわだ ゆりか)
- 2001年より1年数か月にわたり、フランスやイタリアのチーズ産地を訪ね歩き、帰国後「BonBon! FROMAGE!」の名前でチーズを楽しむ会を主催。チーズ王国本店に勤務しつつ、ライフワークである国産ナチュラルチーズの工房を訪ねて北へ南へ。二人の男児育児にも奮闘中。東京農業大学栄養学科卒。CPA認定チーズプロフェッショナル、JSA認定ワインアドバイザー、フランスチーズ鑑評騎士の会シュヴァリエ。
牧場から始まるチーズの世界
美味しい日本のチーズには、日本の酪農とともに生きる素敵なストーリーが。日本各地の牧場、そしてチーズ工房を訪ね、その魅力に迫る連載です。
https://cheese-media.net/?tag=farm