江戸川河川敷、たなびく牧草と母さん酪農家の明るい明日《知久牧場 前編》

広がる緑の大地に点々と、丸く転がる牧草ロール。北海道の夏から秋、酪農の風物詩とも言える牧草ロールですが、関東でもこのロールを作っている稀な酪農地帯があります。

驚くことなかれ、そこは東京からもほど近い、千葉県野田市にある江戸川の河川敷。

大型機械もなんなく乗りこなし、多い時で年に5回も!牧草を刈って、乾かして、丸めてホイ!とロール作りに勤しむ、知久久利子(ちく くりこ)さん。

酪農を愛し、動物を愛し、人を愛し、ミルクとチーズを愛する暮らし。さらにニホンミツバチだって飼っちゃう久利子さんに、今回はクローズアップ!

 

牛はもちろん、山羊も羊も黒猫もミツバチもみんなファミリー

信州生まれ、動物大好きの久利子さん。家畜としてミルクを分けてくれる牛に魅力を感じて、ひょいと単身北海道へ。幌内で家族経営の酪農を学びます。

後に、千葉県の酪農協に勤めていた頃、離農する酪農家から子牛を預かり、「この子牛をどうしようか・・・」と困っていたところ、野田市の知久牧場に預かってもらえることに。それが縁でご主人と出会い、結婚。“知久久利子”となり、今の活躍につながっていきます。

千葉県野田市関宿(せきやど)地区の酪農は、終戦処理に奔走した第42代首相の鈴木貫太郎が職を辞した後、寺子屋のような農業塾を起したことから始まります。

戦後の食糧難にあった日本で、栄養ある牛乳を首都圏で生産して大消費地に届けようと、郷里であった関宿の河川敷の潤沢な土地を利用し、牧草を育てる「循環する酪農」を伝えていったのです。牛の一番のご飯である草を、江戸川河川敷で作り始めたのも、そうした流れからでした。

今では、河川敷草地組合に加入している酪農家たちが共同で草地を管理。種まきから収穫まで行っています。

知久牧場では、自前のトラクターに草刈り機、ベーラー(飼った草を丸めてロールにする車)を購入して、お天気とタイミングとにらめっこしながら、家族みんなで牧草作り。

イタリアンライグラスという牧草の種を蒔き、4月下旬から収穫し始め、1か月に1度程度刈ってゆきます。

そして、ロールラップサイレージ(丸めた牧草にぐるぐると全体にラップをかけて、牧草が漬物状になったら出来上がり)に仕上げて、日々、母さん牛たちにあげています。

知久牧場の牛舎には、母さん牛と、生まれたての仔牛、それから山羊に羊も牧場猫も。母さん牛も、黒と白のぶちホルスタインに交じって、ちらほらジャージー牛やブラウンスイス牛とバリエーション豊かです。

さらに、牧場に隣接した知久さんのご自宅の玄関には、ニホンミツバチの巣箱が。

3番目の息子さん作の巣箱たち(なんと器用な!)の中には、ブーンブーンとかわいい羽音を立てて仕事する働き蜂がいっぱい。久利子さんは、蜂の行動を見ていると時を忘れてしまう、というほどハチミツにも夢中で、採った蜜は「ちくみつ」と命名。ありがた~くいただいているのだそう。

その蜜源となるのは、数年前から久利子さんが植えているブルーベリー。ブルーベリーの苗には、チーズを作るときに排出されるホエイ(乳清)を与えているとのこと。「試しにあげてみたら実の付きもよく、甘いブルーベリーが成ったのよ」とうれしそうに話してくださいました。

まさに、大きくも小さくも、鈴木貫太郎さんが思い描いた「循環型酪農」を地でゆく久利子さんなのです。

 

今、日本の酪農は待ったなし

野田市関宿地区には今23軒の酪農家がありますが、最盛期には100軒もの酪農家があったそうです。

日本中で離農する酪農家が後を絶たない昨今、生乳生産量を維持するために全国の酪農家は懸命です。だって、牛乳は置いておけない。水のようにペットボトルに詰めて常温に置いて販売、なんて出来ないのですから。搾ったら冷たくして流通、殺菌して素早く消費者へ届けなければならない・・・まさに鮮度が命なのです。

日本の酪農は今、生乳生産量と母さん牛の受給とのバランスをなんとか保って、私たちに美味しい牛乳を届けてくれているわけですが、そういうことはなかなか消費者には伝わらないものです。

仔牛が生まれてから2年かけて大きく育て、やっと母さん牛になってそのお乳を分けてもらえる、ということも知らない人が多いのではないでしょうか。

久利子さんは牧場敷地内に工房を建てて、チーズも作っている“ミラクル母さん酪農家”ですが「本当はチーズを作ってる場合じゃない、お乳をしっかり搾らないと!」と思うくらいに、酪農に熱い気持ちを持って日々奔走している方。

そのため、河川敷で牧草を刈り、地域の女性酪農家の集まりで音頭を取り、県外に出て勉強もし、意見交換もする。たくさんの「農」関係者と交流するからこそ、新しく広い考えや、意見を取り入れることが出来るのでしょう。

 

知久牧場、牛のご飯と堆肥のこと

江戸川河川敷で採れた牧草は、牛たちの主食。

その他に、前菜として“朝ごはん”の前に与えるのが、チモシーやオーツといった固い牧草。四つある牛の胃袋をまず刺激してくれるのだそう。

エコフィードと呼ばれる飼料も与えています。これは一般的には「食品残渣」とよばれるもので、食品工場などから出る食品の副産物。おからやもやし、酒粕などを発酵させたサイレージを母さん牛の前菜に。

さらに、野田市から提供される米のサイレージと、とうもろこしなどの濃厚飼料を少し。1日に何度も、何度も牛に食べ物を運んであげています。サプリメントはカルシウムだけ、知久牧場の母さん牛たちはみんな健康長生きです。

牧場によって与えるものも、与え方も、考え方もさまざま。ひとつとして同じやり方はない中で「知久牧場のベストは何かな・・・」と模索し、進化を続ける久利子さん。

今一番興味があるのは「子実とうもろこし」だそう。「ん?子実とうもろこしってなんだ??」と思いますよね。

母さん牛が草以外に食べるおやつの濃厚飼料のひとつが、子実とうもろこし。人の食べるとうもろこしとは違って、家畜用の背の高いとうもろこしの実を乾燥させたものです。

ほとんどが海外から輸入されていますが、それを近隣の稲作放棄地や耕作放棄地で作ってみたらどうだろう、というのが今一番の久利子さんのワクワク。

何故って、子実とうもろこしの畑作りには栄養たっぷりの堆肥が不可欠で、牧場から出る堆肥を入れることも出来るし、それが牛のおやつになるとなれば一石二鳥じゃないか!!という訳なのです。

そこには、失われていく里山の景色を緑で彩り、集落の風景を守りたい、という強い想いもまたあります。

 

牧場のお話が長くなりました。

後編はそんな久利子さんが作る、ナチュラルチーズのお話。関宿の“久利子チーズ”、生まれてからこれまで、そして、これからのこともお伝えします。

 


《知久牧場 後編》 酪農家、あるいはチーズ工房の主。草鞋を履き替えて今日も行く

 

知久牧場

千葉県野田市柏寺13

 

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大和田百合香(おおわだ ゆりか)
2001年より1年数か月にわたり、フランスやイタリアのチーズ産地を訪ね歩き、帰国後「BonBon! FROMAGE!」の名前でチーズを楽しむ会を主催。チーズ王国本店に勤務しつつ、ライフワークである国産ナチュラルチーズの工房を訪ねて北へ南へ。二人の男児育児にも奮闘中。東京農業大学栄養学科卒。CPA認定チーズプロフェッショナル、JSA認定ワインアドバイザー、フランスチーズ鑑評騎士の会シュヴァリエ。

 

牧場から始まるチーズの世界

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美味しい日本のチーズには、日本の酪農とともに生きる素敵なストーリーが。日本各地の牧場、そしてチーズ工房を訪ね、その魅力に迫る連載です。

https://cheese-media.net/?tag=farm

 

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