2025年10月、フランス料理店「銀座 レカン」の9代目料理長に杉田周人さんが就任しました。就任当時の杉田さんは、30歳。日本を代表する銀座の老舗で、2024年に創業50年を迎えたグランメゾンが、次の50年を若き料理人に託した――。このニュースは外食業界で大きな話題となりました。
杉田さんが料理長に就任してからおよそ半年が経ったなか、当初からコースに組み込まれているひと皿があります。CHEESE STANDの熟成チーズ「東京白カビチーズ」を使った「東京白カビ ブランマンジェ」です。

僕のシグニチャーディッシュになる
口に入れた瞬間にまろやかなミルクの風味とともに、マッシュルームのような白カビ由来の
香りが鼻を抜けます。トマトウォーターのジュレと香川県「アグリオリーブ小豆島」のオリーブオイルにある異なる微かな青いニュアンスを感じたころには、口のなかですべては消えている。残ったのは、微かな白カビとミルクの香り――。とても繊細なひと皿が「東京白カビ ブランマンジェ」です。
「東京白カビチーズ」に生クリームとゼラチンを加えて80℃ほどで加熱し、チーズとゼラチンを溶かします。冷やした後、エスプーマ(食材に亜酸化窒素ガス〈N₂O〉を充填する調理器具)で軽いムース状にしてトマトウォーターのジュレを添え、軽くローストしたアーモンド、ハーブを飾ります。
「『東京白カビチーズ』は、優しい味わいですが、香りがきちんとあります。これを活かしたかったんです」と杉田さんはいいます。
就任当初は、ブランマンジェの作り方に沿って、泡だて器で混ぜ合わせながら空気を加えていました。さらにオリーブオイルもイタリア産でハーブも多く、サラダ仕立てのような前菜でした。しかし、つくり続けていくうちに「東京白カビチーズ」を使うなら、もっと軽さにフォーカスした料理にしたいと思うようになったといいます。
「どんどん軽くなっていきましたね。むしろ『儚くなった』という表現がいいかもしれません」と「東京白カビチーズ」らしさを活かすことで、料理のテーマが明確になったことを杉田さんは実感しています。
「今は、最初のフィンガーフードのあとにお出ししているのですが、それを改めて『東京白カビ ブランマンジェ』から料理のコースをはじめようと考えています。それくらい僕にとっては重要で、今後もずっとやり続けていきたいお皿です。自分のシグネチャーディッシュになっていくと思います」


東京の食材を使う意味をもたないといけない
杉田さんがCHEESE STANDのチーズに出会ったのは、前職の三つ星イノベーティブフレンチ「セザン」にいる時でした。シェフのダニエル・カルバートさん(セザンを2026年3月で退任予定)が「東京白カビチーズ」を使っていたのです。
「ダニエルシェフは、ソースなどに使っていました。当時から品質の高さを感じていましたが、レカンに来てから改めて考えたのは、東京でこのチーズを使う意味でした」
地方のレストランであれば、その土地の食材を使うことが地産地消になり明確な説得力があります。ゲストの多くは、それを求めて来店します。しかし東京のレストランは、どうでしょう。日本だけでなく世界から食材が集まる有数の大都市で、何を使うかはその店のシェフに委ねられます。「なぜ、その食材なのか」「なぜ、そう使うのか」、その理由をシェフが用意しておく必要があります。そうでないと、ゲストは納得してくれないからです。
「今年(2026年)1月にフランスとベルギーの星付きレストランを回って勉強してきました。現地でチーズを食べて、フランスに代表されるヨーロッパ産の力強さは、やっぱりすごいと思いました」と杉田さんは、本場のチーズの味の完成度の高さを改めて実感してかえってきました。
一方で、日本のチーズが負けているわけではないともいいます。
「日本のチーズは、ヨーロッパのチーズにある力強さとは異なるフレッシュさが魅力です。いわゆる“若い”状態のチーズならではのクリアな香りなどです。とくに先ほどもお話しましたが、『東京白カビチーズ』には、新鮮な白カビ由来の香りがあります。それが都内なので時差なく届く。それが最大の魅力だと思ったんです」
その異なる魅力を料理でどう伝えるのか。それが杉田さんが「東京白カビ ブランマンジェ」で目指した「儚さ」による表現なのです。


東京のレストランとして発信すること
杉田さんが料理長に就任した際、「新しい銀座レカン、そしてフランス料理の新しい時代を築いてほしい」といわれたそうです。「新しくする」とはなにか――。自分自身に求められている役目を杉田さんは、冷静にとらえています。
「二つ星から三つ星に昇格していった『セザン』というレストランで世界的なシェフであるダニエルシェフの元で働いていたという経歴は大きいと思うんですよ。 さらに自分自身がシェフとしてポップアップで活動していたり、発信する姿勢もあったと少なからずあったと思います。世界に発信していくことは、とくに求められていると思っています」
世界に発信できるレストランとは何か。そのひとつとして杉田さんは、東京だけでなく日本の食材を積極的に取り入れていくことを挙げます。
「東京白カビチーズ」とともに、料理長に就任した当初からソースや仕立てを変えてはいますがメイン料理として使っている「恵鴨」です。愛知県豊橋市の岡本恵さんが育てた鴨は、日本のトップレストランで使われている食材でもあります。杉田さんは、実際に産地も見学して、飼育環境を見てきたといい、クオリティはもちろん生産者の岡本さんの人柄を含めて料理し続けていたいと考える食材です。
「情熱ある生産者さんの食材を前にすると、それに応えるような料理をつくりたいと思うんです。それが、料理人である僕にできることだとも思うんです」と杉田さんはいいます。杉田さんにそんな想いで使ってもらえることは、CHEESE STANDはもちろんのこと、多くの生産者にとってもっとも誇らしくうれしいことでしょう。生産者としても、当然、杉田さんを応援したくなる。その関係性が、杉田さんが考える「東京のレストランが存在する意義」なのです。


ふとした経験から料理に現れる「自分らしさ」
歴史あるグランメゾンの料理長となり、期待と重圧は想像以上だったといいます。常連客からの厳しい視線や、伝統への評価。その中で自分らしさをどう見つけるかは簡単ではありませんでした。
杉田さんは、フランス料理への深い敬意を持っています。基本を大切にし技法を軽んじない。そのうえで「銀座レカン」の次の時代をつくる責務も担っています。老舗グランメゾンを長らく支えてくれた大切なゲストのなかには、歴代の料理長と比較したり、クラシックフレンチを望むゲストもいたことでしょう。
「さまざまなご意見をいただきながら半年ほど精一杯やってきました。料理長として覚悟、自信をもってお出ししている料理です。そのなかで、常連のお客様にも少しずつ自分の料理というものが浸透してきてると思います。そんなお客様の反応が自信になっています」
「東京白カビ ブランマンジェ」のようなモダンフレンチなひと皿も、「杉田さんの料理のスタートならこれがいいよね」と常連のゲストの評価も高いといいます。
「『杉田らしい料理』とはなんだろうと思うんです。『その人らしさ』とは、経験したことからしか生まれないと思うのです。技術や知識を学ぶことも大前提で大事なのですが、自分で料理を考える立場になると、ふとした経験からテーマを思いついたりするんです。それが自分らしさに繋がることと最近感じる場面が多くなりました。今は、些細なことでもいいんで感じたものっていうのをちゃんと料理に昇華することを意識してますね」
「東京白カビ ブランマンジェ」も儚いものに美しさを感じた自身の経験が、料理の形になったのです。軽く、消えゆくようでありながら、確かな余韻を残すひと皿。その構成には、杉田さんの内面を宿しているのです。
「銀座レカン」9代目料理長の杉田さんの「今」を表す最初のひと皿である「東京白カビ ブランマンジェ」は、これからどのように変化を遂げて新しい時代のフランス料理になっていくのか。CHEESE STANDのチーズがその一役を担えるように、情熱をもってチーズづくりを続けていきます。

杉田周人さん
1995年生まれ、神奈川県出身。2015年に調理師専門学校卒業後、「イグレック丸の内」にてキャリアをスタートした。 2017年、「タテルヨシノ銀座」に入社。2020年「メゾン タテルヨシノ 大阪」副料理長に就任した。2022年、フォーシーズンホテル丸の内 東京「SÉZANNE」に入社、各セクションを経験。2025年8月に「銀座レカン」9代目料理長に就任予定、10月1日に正式デビューした。フランス料理の伝統を土台にしながら、時代に即した感性を重ね合わせる実力派。素材を生かす繊細なアプローチと確かな技術を強みに、クラシックとモダンを融合させた新しい一皿を提案する。

銀座レカン
東京都中央区銀座4-5-5 ミキモト本店ビルB1
TEL:03-3561-9706
営業時間:11:30–13:00(L.O)/15:00 Close、17:00–20:00(L.O)/22:00 Close
定休日:水曜
https://www.lecringinza.co.jp
photos & text by 江六前一郎











