微生物がつなぐ、日本酒とチーズ。挑戦し続ける蔵元を訪ねて | 仙禽〈せんきん〉(栃木)

チーズは、発酵文化による産物のひとつ。日本にも伝統的で豊かな発酵文化がたくさんありますが、その中でも「日本酒」は、実はチーズの美味しさをグンと増してくれる魅力を持っています。

チーズの楽しみを増やしていくために、日本人の食生活に欠かせない発酵のつくり手を巡るレポート。今回は、原点回帰の酒づくりに挑む蔵、栃木県さくら市にある「株式会社せんきん」を訪ねました。

 

仙人に仕える鶴、それが由来

 

かつて日本人は、目に見えない微生物を相手に感覚で酒をつくっていました。それが明治になり、技術革新が進むと、人工的に作られた酵母や酸が登場し、安定した酒づくりが行われるようになりました。

そんな便利な時代に、あえて原点回帰の酒づくりに挑む「株式会社せんきん」。蔵名は「せんきん」、銘柄名は漢字で「仙禽」です。仙人に仕える鶴からその名が付きました。

小さな城下町だったさくら市で、創業1806年から清酒製造を営んできた「仙禽」は、毎年新しいことにチャレンジし、酒質も良くなっています。現在は、各方面から引っ張りだこで、日本酒業界を牽引する蔵のひとつに成長。

豊かな土地と水に恵まれたこの蔵を担う11代目、薄井一樹(うすい かずき)さんにお話を伺いました。

 

決意と革新で出合えたこと

 

薄井一樹さんが東京での仕事を離れ、蔵に戻った当時、日本酒業界は衰退の一途をたどっていました。

桶売りや普通酒が主力の「仙禽」もその波には勝てず、業績が悪化。「このままではいけない!」と考えた薄井さんは、数量を追いかけることを止め、高価でも他の蔵とは違うオリジナリティーを追求しようと腹をくくったそうです。

当時流行っていた淡麗辛口の酒はもともと好みではなく、甘酸っぱいドイツワインが好きだったこともあり、「せっかくなら好きな味に仕上げたい」と、15年前にはあまりなかった“甘酸っぱい酒”に着手します。

既存の日本酒ファンや年配の方にはあまり受け入れられませんでしたが、この“甘酸っぱい酒”が若い世代や女性の間で脚光を浴びるようになります。

また、その頃から料理との組み合わせを楽しむ“マリアージュ”や“ペアリング”といった言葉も聞かれるようになりました。ワイン的な酸のある「仙禽」の酒は、洋食との相性も良く、新進気鋭の店や新しいユーザーに受け入れられるようになっていきました。

 

自然を重んじる、大切に思うこと

 

2008年以降、薄井さんが特に力を入れて取り組んでいることが2つあります。

1つは「ドメーヌ化」。ドメーヌ(生産者が所有する区画)というワイン用語を使用し、日本酒のテロワール(地勢、気候、土壌)を表現。蔵の仕込み水(鬼怒川の伏流水)と同じ水が流れる田んぼの米で酒づくりを始めました。さくら市の6軒の農家と契約し、協力を仰ぎながら、目の届く範囲で「ドメーヌ化」を実現しています。

「仙禽」では理想の麹や酒母にするため、原料処理を大事にしています。同じ品種でもA氏とB氏の米では土壌や性格が違い、米の硬さなどに差があるので、それぞれの米の浸漬時間を調整し、ブレを修正します。「誰かのつくったブレンド米では、良い酒は造りにくい」という理論です。

「田んぼの水と日本酒を占める80%の仕込み水が同じテロワールであれば馴染みが良いんです」と語る薄井さん。

凄いこだわり・・・。

「とはいえ、ワインと違い日本酒の場合は、水や米など原料が風味に及ぼす影響は少ないことも事実。それよりも“つくりの違い”が大きいのです。原料をブラインドで当てるのは至難の業ですからね。」

おっしゃる通りです!

2つ目の取り組みは「原点回帰」。いくつもの銘柄の中で江戸時代のつくりを再現した「ナチュール」というシリーズの酒は異彩を放っています。

「亀ノ尾」という古代米の90%精米(昔は精米技術がなかった)を生酛造りで。木桶の天然酵母を使用した、完全に昔の酒づくりです。

ともすると失敗しかねないというリスクの高い酒ですが、木桶1本1本の違いが面白く、生命力に満ちた唯一無二の酒が出来あがります。

一方で、昨今のワインやクラフトビールの世界にも通じるこの「ナチュール」という視点や考え方は、まさにボーダーレス。個性的な黒いボトルと図案化されたラベルデザインも、日本酒に対する固定観念のボーダーを越え、古(いにしえ)と今を融合しているかのようです。

 

その先にあるもの、未来への挑戦

 

フランスの自然派ワインが注目されていますが、日本の米も自然なつくりのものにこだわりたい、その第一歩として「ナチュール」は2017年から全てオーガニック米を使用しています。発酵の違いが見られ、味が格段に良くなったそうです。

「今後は亀ノ尾の祖先である原種を育て、その米で酒をつくる計画を立てています」と薄井さん。日本古来の田んぼが復活し、躍動感みなぎる米をつくる。農業の回帰、真のナチュールは近いかもしれません。

 

チーズで広がる、日本酒の魅力

 

薄井さんは20代前半の頃ソムリエスクールでワインを学んでいた影響もあり、今でもフレンチやイタリア料理店によく足を運び、必ずチーズを食べるそうです。「仙禽」の酒を持ち込むこともあるのだとか。

日本のナチュラルチーズのつくり手も、昨今増えてきているとお話ししたところ「日本のチーズは目にする機会もまだ少ないですよね。岡山の工房でつくっているチーズを食べたことがありますが、美味しい日本のチーズにももちろん興味があります」とのこと。

さらに、個人的に好きなチーズについてお伺いすると、「青カビやウォッシュタイプなど、ひと癖あるチーズが好きです。日本ではまだ“ハレの日に食べるもの”というイメージがありますが、ヨーロッパではチーズは日本の漬物のように日常の食卓で食べられているものですよね」と。

まだまだ、日本におけるチーズ文化は発展途上・・・ということで、今回は最後に、酸味と甘味のバランスが心地よい「仙禽」の酒に合う、チーズの楽しみ方をご紹介しておきたいと思います。

仙禽の名前の由来となった「仙人に仕える鶴」をイメージした特徴的なラベルの「モダン仙禽」と、ほんのり熟成したシェーヴルチーズ。

どちらもデリケートな味わいで、華やかな香りと甘味、酸味が溶け合い、極上の組み合わせです。シェーヴルチーズのほろほろとした口どけ、そのチーズの隙間に「モダン仙禽」の滑らかな酒が溶け込んで、広がっていく・・・そんなマリアージュが口の中で展開します。

さらに、もう一つご紹介。こちらは、CHEESE Media佐野編集長おすすめのペアリングです。

CHEESE Mediaで以前も登場した「GEM by moto(恵比寿)」店主の千葉麻里絵さんと「仙禽」のコラボで誕生した「Amethyst アメシスト」という酒に、CHEESE STANDの「出来たてリコッタ」+カルダモンという組み合わせです。

「Amethyst アメシスト」は、全麹・木桶で仕込んだ酒をバーボンオーク樽で熟成させたスペシャルな日本酒。「仙禽」の酒らしい甘酸っぱい味わいに、樽熟成ならではの心地よい香ばしさがプラス。そこに爽快なカルダモンの香り、出来たてリコッタのほんわりとした食感とミルキーな味わい・・・すべてが一体となって美味しいハーモニーを奏でます。

 

同じ発酵食品であるチーズと日本酒は、相性抜群。それぞれの味わいの特徴を楽しみながら、皆さまもどうぞ、日本酒&チーズをお試しあれ。

 

株式会社せんきん(仙禽)

〒329-1321 栃木県さくら市馬場106

※一般向けの蔵見学は行っておりません
※仙禽の商品は全国各地の酒販店にて取扱があります

 

yurika-oowada
圓子チーズ
フードコーディネーターやワインスクールにて学ぶと同時に、フレンチやイタリア料理店、バーなどでサービスと調理経験を積む。現在、インフィニット・酒スクール主任講師、大学兼任講師、FBO公認講師のほか、カルチャースクール、百貨店、一般企業、ファミリー向けのイベントセミナーなどの講師も担当。
フランスチーズ鑑評騎士の会シュヴァリエ、C.P.A.認定チーズプロフェッショナル、J.S.A.認定ソムリエ、S.S.I.認定日本酒学講師、調理師などの資格を有する。執筆などメディアを通じた仕事、各種審査員を務め、以前からチーズと日本酒の相性に取り組んでいる。

 

ricotta
「出来たてリコッタ」はFRESH CHEESE Delivery(オンラインショップ)で
ほわほわ食感で、ほんのり甘い。
東京・渋谷で作られるフレッシュなリコッタは、料理にもデザートにも活用できて、低カロリー。オンラインショップでもお求めいただけます。
http://fcd.cheese-stand.com/

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