食を通して私たちは心を通じあわせることができる|「FOOD&COMPANY」谷田部摩耶さん

東京・学芸大学駅の賑やかな商店街から外れると、静かで落ち着いた雰囲気の住宅街にゆるやかに景色がかわっていきます。どこかCHEESE STANDがある奥渋谷のような趣のあるエリアにグローサリーストア「FOOD&COMPANY」がオープンしたのは2014年のことです。

おしゃれでありながら温かみのある店内では、オーガニックで栽培された野菜や、それらを使った加工品、調味料のほか雑貨類も並んでいます。共同経営者の一人である谷田部摩耶さんは、「心の豊かさをなくした時代に、何を価値として生きるか。それを投影するのが食だったんです」とFOOD&COMPANY設立の経緯を話します。

通勤ラッシュの車内で何も言わずに肘で押す人

茨城県出身で10代後半からの10年間アメリカ・ニューヨークで過ごした谷田部さんは、ハンター・カレッジで国際開発を学んで帰国します。東京で就職した後、社会に対する違和感とそれに対する日常に根ざしたソーシャルビジネスに可能性を感じて、ニューヨークで出会った白冰(バイ・ビン)氏とともに起業。このとき谷田部さんは27歳、白氏は26歳でした。その半年後の2014年3月にFOOD&COMPANYを学芸大学駅近くに開業しました。

出店場所は当初、東京の広尾や代々木上原といった商店街と住宅地が近い場所を考えていましたが、条件が思うように合わず、新たに学芸大学駅周辺も候補地になりました。谷田部さんにとってゆかりのないエリアでしたが、いざ街を見てみると、昔ながらの地元の店とチェーン展開する大手の店が共存し、住民も都心で働く若者からクリエイティブ系、古くから住む地元民もいる。複雑でユニークな街に魅力を感じるようになり出店をきめました。

「紆余曲折ありましたが、結果的にここでよかったと思っています。創業から今年(2024年)で10年、お店のレイアウトはちょっとずつ変えていますが、雰囲気は当時のままです。ただ、初めはド素人でのスタートだったのでお店作りに関してはわからなすぎて。商品を整然と並べるだけでおしゃれには見えたんですが、かえって入りにくいという声があったんです。それからポップを親しみやすいものに変えたり、わざと崩したりして、今のような雰囲気になっています」

「なんの伝手もないなのに食の業界を初めたので、はじめのうちはgoogleでオーガニック食品の卸をしている会社を探して、連絡を片っ端から連絡していました」という谷田部さんが、社会に対して違和感をもつようになったのは、アメリカから帰国後、東京での暮らし始めて体験した通勤ラッシュでした。

「混んでる電車の中で後ろから何も言葉を発せず肘で押してくるんです。その駅で降りたかったんでしょうね。そのことにすごく驚いたんです。もしかしたら話ができない状況だったのかもしれません。けど、仮に『ちょっとどいてください』とか『すいません』という一言が発せられるのに言えないとしたら……。大人としての最低限のマナーや他者への敬意がないことに驚きました」

衝撃を受けたとともに車内にいる人たちの表情がとても苦しそうに見えたとともに、「これが東京で生きていくなら普通、みたいな空気感に慣れていく自分が怖かった」谷田部さんは振り返ります。心の豊かさを失っている日本の社会に強い違和感を覚えたのです。

「私が学んできた国際開発の領域では、豊かさの指標を経済的なモノで測ろうとします。その観点で見ると日本は、高度成長期を経て成熟した社会になったといえます。しかし、果たして本当に豊かなのでしょうか。もちろん絶対的な貧困から抜け出すことは必要だと思います。しかし、お金だけが目的になった社会で、多くの人が心の貧しさに苦しんでいるのはなぜでしょうか。日本は経済的な豊かさではない新しいゴールを社会として見いだせてないことが、この閉塞感を生んでいるのではないかと感じたんです」

FOOD&COMPANYの共同経営者の一人である谷田部摩耶さん。

FOOD&COMPANY学芸大学店の外観。ガラス張りで開かれたイメージで、初めてでも入りやすい。

FOOD&COMPANY学芸大学店の店内。

食は世界を変えるツールのひとつ

情緒的な人との繋がり、コミュニケーションやコミュニティの欠如を感じた谷田部さんは、物質的な豊かさではない、情緒的な豊かさを社会が大事にするような社会を目指し起業します。

当初は白氏がアパレル出身なこともあり、谷田部さんの国際開発の経験を掛け合わせて、発展国で製造したアパレル商品を先進国で販売するような事業なども考えていました。しかし情緒的豊かさの創造というミッションは、生活するひとたちの日常に深く起因することが必要だと考えるようになります。

「国際開発に携わるなかで啓蒙イベントやキャンペーンを行ってきました。とっても大事なことだと思う一方で、参加者した人がその期間以外はまったく関心が生まれないチグハグな状況は変えていきたいとも感じていました。私たちは小さな一歩でいいから、自分たちの暮らしに矛盾がない形を見つけたい。日常のなかで消費の価値観や捉え方が変わっていくと、小さいひとつでもチリツモで大きなインパクトを生み出せるんじゃないか。ライフスタイル全般にアプローチできる方法を考えたかったんです」

起業前には、2年間かけて旅に出かけ、自分たちの価値観や進みたい方向性を定める時間にしました。そのときに実感したのは、食が人と人との輪を繋ぎ、コミュニケーションにおけるもっとも有効な潤滑油として機能していることでした。「お酒だったりおいしい食事は、言葉でわからなくても心が通じ合うことができるし、初対面でも和む空気になります。食が人の心を動かすことに魅力を感じたんです」と谷田部さん。FOOD&COMPANYの輪郭がこの頃から見えだしたといいます。

一方で、食は世界を変えるためのツールのひとつだともいいます。もちろん食に対して真摯に向き合わなければ日常を変えることはできない、それほど重要なテーマであると受け止めたうえで、あえて今は地盤固めだと考え、FOOD&COMPANYが実現させたい世界はその先にあると考えています。

「将来的には、街づくりをしたいんです。おもしろい個店がおもしろい街をつくっていく。現代社会では、経済的な採算性から強い小さい店が生き残るのが難しくなりました。また、たとえば商業施設に入ると使いたい電力が選べなかったり、ゴミ処理に選択がなかったり、サステナビリティに配慮するような個店にとっては個性を失う決断を迫られます。それをどう成り立たせるか。そのためには、インデペンデントの小さな店を経営し続ける難しさも知ってもらわないといかません。その橋渡しとしての役を私たちが行う。おもしろい個店と住環境、そして自然がマッチする場をつくっていきたいんです」

FOOD&COMPANY学芸大学店ではチーズスタンドの商品が加工食品コーナーに並ぶ。

「東京ブッラータ」や「出来たてリコッタ」のほか、「さけるモッツァレラ」も店頭に並んでいる。

店内で商品を見る谷田部さん。

2022年にオープンしたFOOD&COMPANYの代官山T-SITE店でもCHEESE STANDの商品を取り扱っている。

自然に始まったCHEESE STANDとのつながり

CHEESE STANDとFOOD&COMPANYで取り引きが始まったのは2018年2月にJR新宿駅構内に2号店の新宿NEWoMan店がオープンしたころでした。

「代表の藤川(真至)さんとは学芸大学店がオープンしたときもお会いしてお話させていただいていたのですが、フレッシュチーズを扱うだけの余裕が当時の私たちにはなくてお取り引きできずにいたんです。それから4年ほどたって、私たち自身にも力がついてきたと感じていましたので、バイヤーと一緒に改めてお店にお伺いして藤川さんとお話させてもらったんです」

藤川がチーズづくりの背景や企業としてのビジョンを話すなかで、「ローカリズムを大事にする姿勢」や「人と人と関係性の重視」といった点は、FOOD&COMPANYと大きく重なることもあり、自然と「一緒にやりましょう」と自然に話がまとまり取り引きがスタートします。

「藤川さんのように、お金ではなくてやりたいからやっているという方が多い業界だからこそ、そうでない人はすごくわかりやすいんです。話す言語というか、チョイスする言葉が違うんですよ。それが良い悪いではなくて、私たちにはフィットしないんです。もちろんお互いビジネスなのでお金のことを話し合うのは当然のこと。でもそこは二の次、三の次で、もっとも大事にするのは、見ている景色が共有できるかどうかということだと思うんです。そういう意味で藤川さんとは、自然に話ができてうれしかったですね」

現在では、学芸大学本店のほか代官山T-SITE店でも取り扱いが始まり、長く関係が続いています。「街に出来たてのチーズを」をコンセプトに東京の牛乳を使って東京でチーズをつくるCHEESE STANDの商品は、「ローカルの経済圏をつくっていくためにも大事にしたい」と谷田部さん。また長く取り引きが続くことだけが正解ではないものの、長く取り引きをすることで見えてくるものもあるともいいます。

ちなみにCHEESE STANDの商品では、「出来たてリコッタ」が好きだと谷田部さん。「素材がいいものをそのままシンプルに食べるのが好き」と、リコッタのミルク感と甘味を活かして、ハチミツをかけて食べたり、サラダに加えたりして食べたりしています。

「私の母親がファストフードなどが好きで、比較的頻繁に与えられてきたので、良質な食とは縁遠い環境で育ったと思います。しかし、起業を志したタイミングで食の大きな可能性に魅せられ、今では、体にとってだけでなく環境や社会にとってもヘルシーでサステナブルな食品の選択肢を自分が提供する側に回っているのはユニークなことかもしれません。そして、そこには正義感の追求とか、窮屈さみたいなものはなく、シンプルにおいしいし、いろいろな角度から気持ちが良いからそれらを選択していると思います。FOOD&COMPANYを通してそのことが伝わればいいですね」と谷田部さん。「食が世界を変える」ことをある意味でもっとも実感しているのが谷田部さんなのかもしれません。


谷田部摩耶さん
1986年 茨城県生まれ。10代後半からの10年間をアメリカ・ニューヨークで過ごし、ニューヨーク市立ハンター・カレッジの社会科学研究科修士課程にて国際開発を学ぶ。国際NGOやコンサルティングファームでの勤務を経て、日常に根ざしたソーシャルビジネスの可能性に魅せられ25歳の時に起業。2014年、食を通して消費のかたちをシフトする挑戦として、共同経営者である白冰(バイビン)とともにグローサリーストア・FOOD&COMPANY1号店を開業。2023年現在4店舗を経営し、おもに組織づくり、ブランドディレクションやバイイングを務める。

FOOD&COMPANY 学芸大学店
東京都目黒区鷹番3-14-15
TEL:03-6303-4216
営業時間:11:00-21:00
定休日:無休(年末年始を除く)
SNS:@foodandcompany_grocery (Instagram)
https://foodandcompany.co.jp/

photos by 石原哲人
text by 江六前一郎

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