チーズは、発酵食品のひとつ。健康志向の流れもあって、発酵食品は近年ますます注目を集めるようになってきました。日本にも伝統的で豊かな発酵食品がたくさん。チーズと掛け合わせれば、さらなる美味しさを生んでいきます。
チーズの楽しみを増やしていくために、日本人の食生活に欠かせない発酵食品のつくり手を巡るレポート。第1回の「麹(こうじ)」に続き、今回は日本の台所には欠かせない「醤油」をつくっている蔵を訪ねました。
舞台は小豆島。江戸から明治へ、塩から醤油へ
瀬戸内海に浮かぶ小豆島。小説『二十四の瞳』の舞台として、また最近はアートの島としても知られていますが、醤油の一大生産地ってこと、ご存じでしたか。
江戸時代は幕府の天領地として塩づくりが栄えた小豆島は、赤穂に続き、全国2位の生産量を誇っていました。その後、瀬戸内海沿岸で続々と塩づくりが盛んになり、生産過剰に。製塩業は厳しい時代を迎え、塩を使った二次加工品としての醤油づくりが本格化します。
最盛期の明治時代には約400軒、現在は大小20軒弱の醤油メーカーがあります。今回訪ねたのは、その中のひとつ、「ヤマロク醤油」さんです。
木桶が並ぶ、もろみ蔵
出迎えてくれたのは「ヤマロク醤油」5代目の山本康夫さん(45歳)。朝9時半に到着しましたが、連休中ということもあり、すでにたくさんの観光客が来ていました。最近は外国からのお客様も多いとか。
「見学の人が増えると、醤油が美味しくなるんですよ」と山本さん。たくさんの人に見られる入り口近くの桶の醤油は、不思議とうま味成分が高くなっているそうです。醤油をつくる菌が喜ぶのではないか、というのが山本さんの見立てです。
明治初期に建てられたもろみ蔵は、国の登録有形文化財に指定されたもの。木造で、床は土間で土壁の平屋。そこに木桶がずらりと並んでいます。
ぱっと見たところ、桶の木肌がボロボロ・・・「腐っているのでは?」と心配になる人も多いようですが、ここに醤油をつくる大事な酵母菌や乳酸菌が住んでいます。このもろみ蔵に住む菌たちが、ヤマロク醤油ならではの味を生み出しているわけです。
醤油は、どうやってできる?
ところで、醤油はどうやってつくられるか知っていますか?
第1回目のレポートでは、麹屋さんを訪問して麹のつくり方をお伝えしましたが、醤油も麹を使います。ただし、麹は麹でもまた種類が違うのです。
前回の麹は、米に麹菌を繁殖させた「米麹」でした。醤油をつくる時に使うのは「醤油麹」と呼ばれるもので、蒸した大豆と煎った小麦を合わせたものに麹菌を繁殖させてつくります。原料になる麹が違うのですね。
この「醤油麹」に塩水を加え、発酵・熟成させて搾ったものが「醤油」です。
自然の力でゆっくり育まれる「再仕込み醤油」
ヤマロク醤油さんの主力の醤油は、「鶴醤(つるびしお)」という“再仕込み醤油”です。
“再仕込み醤油”とは、醤油麹に加える塩水の代わりに醤油を使って仕込むというもの。原料や期間も2倍かかる、非常に贅沢な醤油です。
自然の力でゆっくり育まれる醤油。塩水の代わりに、かどのとれた生醤油の塩分を利用することで引き出されるのは、口の中でぱっと広がる芳醇な味と香り。深いコクとまろやかさを極限まで追求した自信作なのだそうです。
桶仕込みへのこだわり
100年以上使われている現役の木桶 ©ヤマロク醤油
醤油を仕込む時に用いる容器ですが、現在はコンクリート製やFRP(ガラス繊維入り強化プラスチック)、ステンレスなどのタンクが使われることが多くなっています。
昔ながらの木桶で仕込んだ醤油は、なんと全体のわずか1%!しかも、数少なくなった木桶仕込み醤油の3分の1が小豆島に集中。ヤマロク醤油では全量を木桶で仕込んでいます。
この木桶、かつては日本酒の仕込みに使われたものが、醤油蔵や味噌蔵に、とリユースされていたそうなのですが、日本酒業界では木桶が激減してしまいました。
木桶の需要が減り、それに伴い桶屋の仕事が減り、大きな桶を作ることができる桶屋は日本でたった1軒に。しかも数年先には廃業の予定、ということを知った山本さんは、考えました。
「木桶の寿命は100〜150年。今ある木桶が使えなくなったら、孫やひ孫の代では桶仕込みができなくなる可能性が高い。このままでは日本の伝統的な木桶仕込みが消えてしまう。だったら、僕がその技術を引き継ごう。」
行動派の山本さん、2011年秋に「木桶職人復活プロジェクト」を立ち上げ、桶屋に修行に行ったのです!2013年には仲間とともに自力で桶を1本組み上げました。それからは毎年、4〜5本の桶をつくり上げています。
全国の醤油や味噌、日本酒の蔵から志を同じくする仲間が小豆島に集い、桶を組み立てる。
「各地方に何人か、桶をつくることができる人、つくれないまでも修理ができる人がいたらいいでしょ」と山本さん。
私も2年前に見学に行きましたが、大きな桶が釘1本使わず組み立てられていく様は、見事としか言いようがありません。今年は、木桶仕込みを復活させた日本酒蔵からの桶の注文も入っているとか。
木桶作りの本物の醤油を子孫の代に残す
2009年に新調した戦後初の『新桶』 ©ヤマロク醤油
木桶をつくるには、桶を作る技術はもちろんですが、素材となる木材(吉野杉)、箍(たが)に使う長い竹の確保という問題もあります。また木を削るためのカンナなどの道具も必要です。桶がつくられなくなるということは、その周辺の素材や道具まで失われることになります。
需要があればこそ、それぞれ専門家が成立しますが、少なくなると、すべて自前で用意する必要があります。
山本さんも、箍(たが)を編むための長い竹を探すのに、大変苦労したそうです。また桶に使う木材は「節目があるとそこから漏れる」そうで、節目のない上質なものを、となると価格も高くなりがちだとか。
どうしてそこまで苦労して、木桶仕込みにこだわるのか?
山本さんの答えは、「子や孫、ひ孫の時代まで、木桶仕込みの本物の発酵調味料を残したいから。」その純粋な熱い思いが、周りの人を巻き込み、同志をつくり出すのでしょう。
「木桶仕込みの醤油が、今の1%から2%に増えるだけで、木桶の需要が増えます。そうすれば桶屋も存続するし、木桶仕込みの醤油も作り続けることができる。限られたパイを取り合いするのではなく、みんなで成長し、品質で競争する。それが理想です。」
今シーズンも1月の後半に全国から仲間が駆けつけ、6本の木桶をつくる予定だそう。
小豆島の小さな蔵が発信した「木桶仕込みへのこだわり」は、確実に全国へと広がり、確かなものになりつつあります。
ヤマロク醤油
〒761-4411 香川県小豆郡小豆島町安田甲1607
tel. 0879-82-0666
fax. 0879-82-1293
ヤマロク醤油の格別な「鶴醤(つるびしお)」を使ったチーズ料理のレシピ。手軽に作れて美味しい《発酵×チーズのレシピ》です。
- いこま ゆきこ
- 料理家、食のコーディネイター。いこまゆきこ お料理教室主宰。
企業での勤務後、エコールキュリネール国立(現・エコール辻東京)にて学び、料理研究家のアシスタント等で経験を積む。2002年より料理教室をスタートする。
日本発酵文化協会 上級認定講師(発酵マイスター・発酵プロフェッショナル取得)
企業や雑誌へのレシピ提供、テレビ出演、「発酵・発酵食品」「食育」「テーブルコーディネイト・器」「地方の特産品作り・活性化」などに関する執筆や講演。食材の産地を訪問するツアーや、発酵蔵巡り、都市と地方をつなぐ活動にも注力している。
著書に「おうちで喜ばれるにほんのおかず」(SBクリエイティブ)
http://ikomayukiko.com - http://ameblo.jp/shiawasegohan/
- https://www.facebook.com/yukiko.shiawasegohan
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